和食文化を支える「海苔」。半ば工業化されたその養殖の実態をご存知ですか?
和食文化を支える「海苔」。半ば工業化されたその養殖の実態をご存知ですか?
日本人の食生活と切っても切り離せない食材である「海苔」。栄養価が高く、良質なナチュラルフーズというイメージがありますが、
もしその生産の現場に実は、「農薬」や「化学肥料」による環境負荷の問題が横たわっているとするならば、
海苔を持続可能な日本の食文化だと言い続けることは今後、難しくなるかもしれません。
約1300年前の飛鳥時代から食べられていた海苔
海苔と日本人―古くは701年に制定された日本最古の成文法典「大宝律令(大宝律令)」には、朝廷に収める税のひとつとして海産物が挙げられ、その中に海苔が含まれていたほど、
日本の食文化と海苔には深い関わりがあります。
現在、一般に食べられている「板海苔」は江戸時代中期に登場し、時同じくして
海苔の養殖も始まったのですが、当時はまだ海苔の生態が完全には把握されておらず、
計画的な生産にまでは至っていなかったようです。
生産量が減り続ける「板海苔」
そして人工採苗が実現し、海苔の生産が産業として確立したのは1940(昭和15)年頃のこと。現在は、日本列島の沿岸の広い地域で養殖がおこなわれ、コンビニエンスストアのおにぎりが
定着した1993〜2001(平成5〜13)年にかけて生産枚数はピークとなって年間生産量100億枚を超えました。
しかしその後は減産の一途をたどり、2017(平成29)年には67万枚、46年ぶりの不作となった翌2018(平成30)年にはついに60万枚を割って、1980年代前半の生産水準にまで戻ってしまいました。
この近年の海苔の不作については様々な原因が検証されています。
南米ペルー沖の「エルニーニョ」の影響で日本近海でも海水温が上昇し、
漁期が短くなったことなどがその原因のひとつに挙げられ、
地域によっては海水中の「植物プランクトンの増加」や、逆に「排水規制による栄養塩の減少」
の影響だとする説もあります。※これについては後述します。
養殖海苔の「酸処理」をご存知ですか?
さて、この海苔の養殖において、常に議論の対象となっているのが、“海の農薬”とも言われる「酸処理」の問題です。
これは病原菌の払しょくや海苔の成長を阻害する「珪藻」の除去のために行われる一工程で、
海苔養殖の網ごとにPh2.0程度の酸処理剤に海苔を漬けて実施されます。
海苔を漬ける酸液には主に「クエン酸」、「リンゴ酸」、「乳酸」、「酢酸」などの有機酸が使われますが、
1984年の水産庁通達以前は化学合成した酸液が主流であり、海水中の酸処理剤回収もほとんど
行われていなかったようです。
(現在は表向き回収が行われていることになっていますが、義務化に至らず実態はつかめていません)。
酸処理の人体や生態系への影響は?
農業用の農薬のように人体への悪影響などはないとされていますが、これについても確かなデータはないようです。
仮に人体への影響がないとしても、海洋環境への負荷は避けて通れないところであり、
実際に酸処理剤の影響によってクルマエビなど他の海産物の漁獲高が激減したという例が報告されています。
また「有明海の貝類などの不漁は海苔養殖の酸処理剤に起因している」として
5都県750名の漁業関係者が規制を行わない国に対して一人当たり10万円の損害賠償を求めた訴訟が、
最近では、注目を浴びました。
さらに昨年(2019年)末には福岡地裁で「海苔養殖における酸処理剤の使用が不漁の原因とは断定できない」として漁業者側の請求を棄却する判決が出されましたが、原告側はこれを大いに不服としています。
国産板海苔の95%以上は「酸処理」済み
海苔養殖における酸処理は、1970年代後半には定着したと言われ、現在国内で生産される板海苔の95%以上は酸処理がされたものです。
前述の通り、1984(昭和59)年の水産庁による次長通達は、
①酸処理剤の成分を、食品添加物として認められており、なおかつ天然の食品中に含まれ、
自然界で分解されやすい有機酸に限定すること
②残液は中和など適正な処理・処分を行うこと
③酸処理剤の使用にあたっては都道府県の研究機関の指導に従うこと
などを骨子とするものでしたが、
法律的な縛りはなく、違反した際の罰則は規定されていません。
それどころか逆に、それまで是非まで論じられていた「有機酸による酸処理」が
お墨付きを得た形となり、全国の生産地に完全に浸透するという結果をもたらしました。
養殖方式の革新が「酸処理」の普及を後押し
海苔の酸処理が一般化した背景には、養殖方式のイノベーションがあります。かつて海苔養殖は、「支柱式」といって、浅瀬に固定した支柱の間に
天然採取した種苗の海苔網を張るという手法が主流でした。
支柱式において、浅瀬に張った網が潮の満ち引きで海面に露出し、日光や風に当たることを
「干出(かんしゅつ)」と言い、これには病原菌や珪藻を滅殺する役割がありましたが、
これには同時に海苔に甘みを増す効果もありました。
また「干出」は自然の潮の満ち引きだけに頼るのではなく手動で行われることもあり、
この点では手間のかかる作業だったと言えます。
しかし現在では養殖海苔が常に海中にある「浮き流し式」が圧倒的多数で、
支柱方式の実施例はほんの一握り残っているだけ。
浮き流し式に帰ることで漁業者の労力が軽減されたことはもちろん、
干出を行わず常に海苔を海中に置くと海苔の黒みが深くなり、
見映えと“パリッと感(と言われる固さ)”がコンビニおにぎりなどには都合が良いということが
浮き流し式の急速な普及を後押ししました。
その一方で、干出した海苔の柔らかさ、甘さは失われてしまったと言われています。
そして、干出を伴わない「浮き流し式」では、
病原菌や珪藻を人工的に滅殺するための「酸処理」が必須なのです。
酸処理の普及で絶滅危惧種に追い込まれた「アサクサノリ」
さらに、浮き流し方式と酸処理の普及は、かつて海苔養殖で圧倒的なシェアを誇っていたアマノリ品種の「アサクサノリ」を、日本の食卓から駆逐してしまいました。
アサクサノリに取って代わったのは病気や酸処理に強く、収穫量も多い同じアマノリ属の「スサビノリ」。
現在、私たちの口に入っている海苔は100%、このスサビノリであると考えてほぼ間違いありません。
一方で養殖対象種としての需要を失ったアサクサノリは2007(平成19)年に環境省の「レッドリスト」入りし、“絶滅危惧種”に指定されてしまいました。
このように、海苔養殖における酸処理の是非、「海の農薬」と言われる呼ばれる意味は、
それを食べることによっておこる人体への影響というよりは、生態系への影響、海洋環境への負荷が
焦点となっています。
一つの種が絶滅寸前に追い込まれている事実を前にして、養殖漁業のサスティナブルな在り方とは
果たしてどのようなものなのか。これは一考に値する大きな問題だと思います。
現代の海苔養殖には「化学肥料」の問題も!
さらに現代の海苔養殖は「農薬使用」からさらに一歩進み、「海の化学肥料」による増産が進められている点にも目が離せません。
ここでいう「海の化学肥料」とは、人工的に創り出された海洋の富栄養化のことです。
海の栄養不足が海苔の生産量減少を招いた!?
2000年代に入ってからの海苔の減産の原因として言われているのが、1978(昭和53)年の「瀬戸内海環境保全特別措置法」に端を発する、
陸上排水の流出制限が招いたとされる「貧栄養化」です。
当時は急激な経済成長に伴って工業排水や家庭排水などが海へ流出し、
その結果として沿岸海水中の栄養塩比率が高まって植物プランクトンが増加。
その死骸が堆積して引き起る赤潮が、大きな社会問題としてクローズアップされました。
そのため陸上からの排水を制限することで、いわゆる“きれいな海”を取り戻すことに
行政は努めたのですが、海をきれいにするということはすなわち、海苔が成長のために必要とする
「栄養塩」の濃度を下げ、海苔の生育に必要な栄養源を乏しくするという状態を生みました。
海の栄養が足りなくなると海苔の色が薄くなる
また減産だけでなく、栄養塩の不足によって起こる海苔の「色落ち」も問題視されています。海域の貧栄養化が進むと、そこで育った海苔には、ご存知のような黒々とした色にはならないのです。
皮肉なもので、陸域からの排水によって生じた富栄養化、それがもたらした
「良い海苔は黒々としているもの」という消費者の思い込みが根強い現在、
自然な色の海苔は「色落ち」として認識されてしまうわけです。
しかし天然の海苔本来の色とはどうなようなものなのしょうか。
前出のアサクサノリなども今のスサビノリに比べて色目は薄いのですが、
スサビノリにはない柔らかみとほのかな甘い風味があって、食材としては魅力的な気が個人的にはします。
そして、黒々としていない状態を「色落ち」とするのは、日本では海苔が、
まるで「工業製品」であるかのような存在になってしまっていることの証ではないかと私は思います。
そして「減産」や「色落ち」という問題を受け、近年では、
下水処理の段階で「人為的な緩慢運転」により無機体窒素(※)を適度に残して海に流すことで
人為的な海の富栄養化を促す、農業に例えれば「化学肥料の施肥」を行う実証実験が実施され、
それは既に実用段階へと入っています。
※無機態窒素について(江戸川河川事務所「河川用語集」より)
「天然食材」とは程遠い現代の養殖海苔
これらの実態からもわかるとおり、日本の食文化と関係が深い海苔は今や、ナチュラルフードとしての存在からは程遠いものとなってしまっています。
急激な経済発展が赤潮を引き起こし、沿岸が漁場として機能しなくなると
排水を規制してまた人為的な「きれいな海」を造る。
そしてそのきれいな海がまた不都合になると、
再び「適度に汚れた海」に戻すという無駄なサイクルには違和感を覚えます。
果たして「本来の海、本来の海苔」とはどのようなものだったのでしょうか。
また韓国や中国から輸入される海苔については、「流動パラフィン(※)」などの化学物質や
薬品に処理を依存しているケースも多いようで、そうなると酸処理や生育環境どころの話
ではなくなってきます。
※流動パラフィンについて(カネダ株式会社ウェブサイトより)
一方で、日本国内には鹿児島県出水(いずみ)市や三重県桑名市の城南(じょうなん)漁協のように、
産地の方針として酸処理を行わないという取り組みが、わずかながらも存在しています。
さらに、アサクサノリの養殖を復活に取り組む研究者や漁業関係者も各地にいらっしゃいます。
海苔という重要な和食文化を持続させていくためにはこうした方々の努力もさることながら、
私たち消費者の側が、日本の海苔養殖の現状について知っておく必要があるのではないか、
私はそのように強く考えています。
参考資料)
日本食糧新聞2019/6/14記事
産経新聞2015/3/6記事
論文「ノリ葉体付着細菌に及ぼす酸処理の影響」川上嘉応氏ほか3名
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