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Organic Life to all the people.

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ほとんどの日本人が知らない事実。スリランカは日本にとって大恩の国だった。 恩返しとして始めた無農薬のアムラジュースとは。【オーガニックベンダーズ達の声 by IN YOU Market】

皆さんは、第二次世界大戦敗戦後の日本が連合国によって4つに分割統治され、
しかも多額の戦後賠償請求をされる可能性があったことをご存知でしょうか。

1951年、日本と連合国各国が集まって行われたサンフランシスコ講和会議の場で、
ただ1人この分割統治案に反対し、賠償請求を放棄することを毅然と宣言した人物がいました。

その人物とは、セイロン(今のスリランカ)のジャヤワルダナ代表でした。



当時のジャヤワルダナ代表の演説は、万雷の拍手を持って讃えられました。
日本は独立した自由な国として認められ、賠償請求されることもありませんでした。

彼が存在しなければ今の平和な日本はないにも関わらず、その事実を知る日本人はほとんどいません。

ならば、私たちが恩返しをしよう!と、内戦復興支援事業として現地の果樹栽培を支援し続け、
そこで生まれたオリジナル商品を日本に紹介する活動をしている阿曽田さんと、
その事業に関わったたくさんのスリランカ人・日本人の歩んできた心温まるストーリーをご紹介します。

「スーパーフルーツ「アムラ」と、天然甘味料「キトル」を贅沢に使った美容に嬉しいジュース」詳しくはこちらから

ほとんどの日本人が知らない事実。
敗戦後の日本を救った、スリランカ大統領の演説。


阿曽田さんが初めてスリランカを訪れたのは、2009年のことでした。

「当時私は63歳でしたが、スリランカ内戦が終わった時に、
トリンコマリー(日本海軍が英国艦隊を攻めた港のある地域)の知事から私の知人に、
『日本向けのマンゴー栽培が可能かどうか』という調査依頼がありました。

その調査をしてほしいと知人から言われたことがきっかけで初訪問したのです。

初めて訪れたスリランカは、内戦はいまだ終わらずという感じがしました。
道路の側には土嚢が積んでありますし、兵隊は銃を持って警戒していました。

まるでテレビで見たアフガニスタンの光景のようでした。」



一日中調査して回りましたが、原野は荒れて交通インフラも荒れており、
マンゴー栽培は無理と結論づけてその時は終わったんです。

しかし、帰りの飛行機で読んだスリランカの書物が、私の運命を大きく変えることになったのです。

『憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む』

これは、第二次世界大戦後の1951年に開かれたサンフランシスコ講和会議での、
セイロン代表のジャヤワルダナ大統領(当時は大蔵大臣)の演説の言葉であり、
仏教の教えなのです。



敗戦国となった日本は、アメリカ・ソ連・イギリス・中国から、領土を4分割され、
連合国から多額の賠償請求をされる危機にありました。

しかしその時、多くの国を前にしてそれに反対した方がおられました。
その方こそ、ジャヤワルダナ大統領だったのです。

『日本は分割統治されるのではなく、1つの独立した自由な国にならなければいけません。
アジアの国々もそう願っています。また、日本と日本人が貧しくなるような賠償請求も放棄します。
これは、仏教の教えに従っていることなのです。日本にもう一度チャンスを与えないでしょうか。』

この演説は、会議に出席していた数々の国の代表の心を動かし、会議の流れを大きく変えました。
敗戦後の日本が国際社会に復帰するきっかけをジャヤワルダナ氏は作ってくれたのです。
今の日本があるのも、ジャヤワルダナ氏の勇気ある発言のおかげだと言ってもよいでしょう。



この演説が終わって演壇から下りてきた時、
吉田茂主席全権は涙を流してジャヤワルダナ氏を抱きしめたといいます。
そして「日本は未来永劫、この大恩を決して忘れてはならない」と語ったそうです。

しかし、この事実を知っている日本人はほとんどいません。
歴史の教科書にも載っていません。

私は『今こそ60年前の恩返しをすべきだ!』と心に誓い、自分に何ができるかと考えていたのです。」

スリランカに恩返しをしたい!ゼロから始まった内戦復興支援



「翌年の2010年、1人のスリランカ人も知らず、国の事情も知らず、まったくゼロの状態で私は1人スリランカを訪れました。

国の全土を見て回り、日本にはない素晴らしい景観や産物があることや日本人への対応が親切なことから、特別に感じました。

その後の2年間で6回訪問した結果、内戦で荒れた耕地や人々に光を当てるとすれば、

自分にできることは農業支援ではないかと思うようになりました。

日本で栽培されていない農産物で収入があり、なおかつ将来性のあるものを考えると、パパイヤが最適だと考えました。

玉が大きく糖度もメロン並みのパパイヤの生産を支援することで、
農家の生活向上や村の振興につながり、輸出できればスリランカのためにもなります。

たくさんの方々とのご縁で広がっていった活動



スリランカには何の人脈もない状態で始まった活動でしたが、
いつも福岡からバンコク経由でコロンボを訪れていたのですが、バンコク空港で非常に大きな出会いがありました。

30年以上前から宝石と紅茶を日本に輸入されているという日本人ご夫婦と知り合い、
私たちの構想にとても感激していただき、支援を申し出てくださったのです。

このご夫婦から、スリランカ政府の高級官僚(事務方のトップ)を長年勤めた方をご紹介いただき、
さらにその関係でスリランカ農業省や港湾所長、国家農業試験場の方々をご紹介いただきました。

宝石王と呼ばれる方を紹介していただいたこともあります。
ここで一気に窓口が広がって、活動に弾みがついたのです。

具体的な復興支援に取り組むため、
NPO法人『スリランカ復興支援会議』を設立して500人を超える会員を集め、
会費収入をすべてスリランカ支援に活用することになりました。」

思うように進まない、山あり谷ありの支援。それでも諦めずに続けて見えた希望の光とは。



「この後しばらくは、山あり谷ありの連続でしたね。

日本のNGOがスリランカに所有する土地を1エーカー(約40アール)を借りて、営農支援のモデルとなるパパイヤ農園を作りました。
収穫の記念パーティーを開催できたと思ったら2ヶ月以上も続く雨の影響で全滅し、支援の夢が途絶える危機にも直面しました。

捨てる神あれば拾う神ありで、スリランカ人大学教授の新たな人脈が生まれ、
そこから内戦の激戦地であったワウニアという地域のNGOを紹介されました。

しかし、そこからも活動は難航を極めました。相手からの信頼がなかなか得られず何度も協議を重ねました。
コミュニケーションの問題もありました。

私が日本語で話したことを通訳の方が英語に訳し、
相手はタミール語で話します。会話がこだまのようであり、笑いもうなずきも遅れました。
3度目の正直で、ようやくNGOが農家を集めてくれ、パパイヤ栽培が始まったのです。

農家に対する支援、NGOに対する協力助成、収穫用のコンテナや草刈り機などを助成して14名の農家と契約しましたが、
どうなるかと不安でした。

その後も栽培の実施状況を調査するために何度もスリランカを訪れました。
最初はパパイヤが半分枯れていたり草に負けていたりする畑が半分以上もあって諦めかけていたところもあったのですが、
それでも諦めずに、苗木などさらに支援を続けました。



すると、次第にどの畑も立派な農園になっていったのです。
以前は農園を見て回るだけだったのが、たくさんのフルーツやお菓子、紅茶などで生産者がもてなしてくれるようになりました。

大雨やゾウの被害など大変な苦労もあった中、毎月満月の日には生産者が集まって栽培の勉強会を開いたと聞き、涙が溢れました。
以前は脱落候補となっていた農園までもが見違えるようになっていました。

それは、シングルマザーでパパイヤ栽培に励む女性の農園でした。
ここまでくるのに、2010年に私が1人スリランカを訪れてから実に6年の歳月がたっていました。

このように、すべての農家が前向きに取り組んでいる理由を尋ねると、こんな答えが返ってきました。
『農家の方々の意欲が高いんです。技術が上がって競争心が生まれてきたことで、レベルアップしたのではないでしょうか。』

そしてなんと、
『他の村の方々からも、自分たちも参加したいという要望が来ているので、第2ステージを考えてくれませんか?
という打診を受けたのです!

農園は当初私たちが求めていた状態に整備され、パパイヤはすくすく成長し、農家の人々の顔には笑顔があふれ、
今までの苦労が実った、これならこの地にパパイヤの産地が誕生する!と私は喜びでいっぱいになりました。
星のきれいな夜空を見ながら、私たちの支援が成功したことを確信して、とても幸せな気分になりました。



NPO法人『スリランカ復興支援会議』は当初の役割や目的を果たしたとして解散していましたが、
せっかく現地が盛り上がりを見せているところに水をさすわけにいかないということで、
その後新たに、支援活動とスリランカのオリジナル物産を日本に紹介・販売するための会社を作りました。

今度は支援のための資金を会費として集めるのではなく、
支援していく地域や生産者の生産物を日本で販売することで、財源を確保していきたいと考えたのです。」

たくさんの人々の強い想いとたゆまぬ努力が結実したアムラジュース!



「このように、スリランカ・日本双方のたくさんの人々の強い思いやたゆまぬ努力があって、
この事業はようやく順調に進むようになりました。

スリランカのスーパーマーケットでは、『ワウニアのパパイヤは美味しい』という話が出るまでになりました。
激戦地だったワウニアがフルーツの産地になれば、平和で幸せな生活が実現できると思っています。




今後の支援については、パパイヤに加えて「アムラ」という特別なフルーツを生産しようという事になりました。

日本の方々の中には、これらのフルーツ、特に今回出品させていただいたアムラの効能や安全性について、
気になる方もおられることと思います。

アムラというのは、スリランカでは『ネンリ』とも呼ばれ、アーユルヴェーダで用いられるとても身近な果実です。
美容(特に肌によい)・健康・アンチエイジングに効果があるスーパーフルーツと言われています。



もともとジャングルであったところを畑にしていますので、無農薬であることは当たり前なんです。

アムラは日本で言う『梅』にも似た酸味の強い果実であり、そのまま食べるのは難しいものでした。

ジュースに加工するアイデアは私が世界で初めて実現したもので、
同じくスリランカのクジャクヤシ(キトルヤシ)の花から採れる無農薬のキトルシロップと、
ミネラルウォーターを加えてとても飲みやすくしてあります。

日本のフルーツジュースで無農薬・オーガニックの原材料のものを見つけるのはとても難しいですが、
このアムラジュースは、アムラも甘味料のキトルも完全無農薬・無化学肥料なので、安心して飲んでいただけます。

山あり谷ありの約10年の想いと努力の結晶であるアムラジュースを、誇りを持ってお届けします。

ぜひ一度ご賞味下さい!

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