ジビエ人気の背景にある里山の獣害問題。単なる流行で終わらせないために私たちができる3つのこと
数年前から全国的に人気となってきている「ジビエ」。
以前は地方の山間部へ旅する際に食すことができる
“山の恵み”という遠いイメージが強かったのですが、
今ではジビエを取り扱うレストランや
ファーストフード店などの飲食店が増え、
都市民にとって、より身近な食材として
定着してきたのではないでしょうか。
しかし、ジビエ人気の背景にある「里山の問題」までは
まだあまり浸透していないように思えます。
日本では年間100万頭以上の野生鳥獣が捕獲されていますが、
活用されるのは1割ほど。
残りは廃棄物として焼却・埋設処分されているのです。
今回は、あらためて知りたいジビエの魅力と、
ジビエを取り巻く環境についてお伝えします。
ジビエ(Gibier)の定義とは?
ジビエの定義とは何でしょうか?
一般社団法人日本ジビエ振興協会の公式サイトには、
以下のように説明されています。
ジビエとは、狩猟で得た
天然の野生鳥獣の食肉を意味する言葉(フランス語)で、
ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化です。
その昔フランスなどでは、
ジビエを使った料理は自分の領地で狩猟ができるような、
上流階級の貴族の口にしか入らないほど貴重なものでした。
そのためフランス料理界では、
古くから高級食材として重宝され、
高貴で特別な料理として愛され続けてきました。
そこでは、動物の尊い生命を奪う代わりに
肉から内臓、骨、血液に至るまで、
全ての部位を余すことなく料理に使い、
生命に感謝を捧げようという精神が流れています。
山野を駆け巡り、大空を舞った天然の肉は、
脂肪が少なく引き締まり、栄養価も高い、
まさに森からの贈り物。
力強く生命力に溢れた冬季限定のごちそうです。
引用:一般社団法人日本ジビエ振興協会「ジビエとは」
森林に覆われた森の国である日本でも
古来より狩猟が盛んで、
米や野菜の農耕が始まった後も
「山肉」を食す習慣は続きました。
冬季には農業が困難となるので、
山里に住む人々は貴重なタンパク源として
山の恵みをいただいていました。
なぜジビエが人気なの?その魅力に迫る
ジビエは、獣肉特有の匂い、硬くて食べにくい、
衛生面が心配というイメージがありますが、
適切な処理や調理をすることで
とても美味しくいただけます。
代表的なシカ、イノシシには
以下のような体に必要な栄養素が含まれており、
まさに理想の食資源です。
シカ肉
牛肉と比べると筋肉や臓器を作るのに必要なタンパク質が豊富で、脂質は5分の1と低く、エネルギーは半分です。
山を駆け回り筋肉が発達していることから、
鉄分を多く含み、牛肉の1.7倍もあります。
イノシシ肉
豚肉と比べると鉄分がおよそ4倍、神経器官に働きかけるビタミンB12が3倍です。
出典:農林水産省「ジビエの魅力」
ジビエ人気の裏で起こる、里山の深刻な鳥獣被害
全国で捕獲されるシカやイノシシの捕獲数は年々増加しており、
食害の被害防止等を目的とする捕獲を中心に、
直近の平成30年で126万頭に達しています。
農産物被害額は同年でなんと158億円。
その大半はシカやイノシシによるものです。
被害額として数字に表れない被害として、
1:営農意欲の減退
2:耕作放棄・離農の増加
3:森林の下層植生の消失等による土壌流出
4:希少植物の食害
5:車両との衝突事故
等が挙げられます。
この急激な捕獲数の増加の出口対策として、
食肉処理施設の整備や有効な食肉利用が推進されていますが、
まだ定着が追い付いていないというのが実情です。
出典:農林水産省「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況」URL:https://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/attach/pdf/suishin-146.pdf
ジビエ人気の背景にある「里山の自然の悪循環」の実態をうかがいました
※筆者撮影「里山の周囲を囲う獣害防止柵の説明をする小障子さん」
ジビエ被害の実情をよく知る方が
私の住む地域にもいらっしゃると知り、
共通の知り合いを通じて、
農園「大戸洞舎(おどふらしゃ)」を経営する
小障子(こしょうじ)さんを訪ねました。
小障子さんは12年前に大阪からIターン移住され、
その後は農業に従事し、主にお米をつくっています。
彼の暮らしは、春から秋を農業、
冬は大工仕事・麹や味噌作り・狩猟というサイクルで成り立っています。
----筆者
「いつから獣害に遭っていますか?」
----小障子さん
「山に囲まれた地域で23ヘクタール(サッカーコート約32面分)の
広い敷地を構えて農業を営んでおり、
ここ5~6年は獣害に悩まされています。
当初はイノシシだけの食害で、
お米の収穫時期のみ里山から降りてきて
田んぼを荒らしていました。
稲穂を食べられるだけじゃなく、
イノシシは清潔好きなので
体に付いた泥などを落とすために
稲穂に擦り付けて潰していってしまいます。
状況は年々変化してきて、今度はシカの被害。
田植えの時期に稲の上部を食べられてしまう被害が多発しています。
昔から里山に生息していたサルまでも、
悪さをするようになってきて、
稲穂を食べられるようになりました。
獣害の形態も少しずつ変わってきているような感じがしますね。
1シーズンにシカ3頭、イノシシ2頭ほど獲れていましたが、
獣害も年によって波があるみたいで、
ここら一帯では一昨年の大きな台風が来てからは
被害が少なくなってきています。」
----筆者
「獣害の被害に遭わないためにどんな対策を取っていますか?」
----小障子さん
「森の整備に関しては、森林組合が国の補助金を得て
除伐や植樹の作業をしてくれています。
地元の林業は衰退しているので、
住民による整備活動はされていないです。
一見すると緑豊かで自然環境が良く見えますが、
手付かずなままです。」
※筆者撮影「緑豊かな里山の風景」
----筆者
「森の整備と獣害は関係しているのですね。」
----小障子さん
「はい。整備をせずに山が荒廃したままでいると
人の気配を感じないので、
人間と獣のスペースの境がなくなってきてしまいます。
森に関わる人がいないことだけでなく、
田畑に関わる人も私たち農家しかいないのも問題です。」
----筆者
「他エリアではシカやイノシシを駆除したとしても、
自分で消費できるもの以外は使い道がなければ
そのまま山に捨ててしまうということもあるみたいですが、
ここではいかがですか?」
----小障子さん
「その通りですね。獲れた時は自分たちで捌いて食べます。
例えば夏場の時期は、シカは食べられますが
イノシシは脂が乗っていなくて食べられない。
そういう時は補助金申請だけをして
肉は捌かずに山に放るという人もいますね。
捌く場所を確保して衛生管理を徹底するとなると、
食肉センターを設ける方法もありますが、
それで生計を立てられる保証はありません。
結局は身内だけで消費するしか手立てがないのです。」
今のジビエ人気を単なる流行で終わらせない。
自然と人間が共生できる社会を目指して私たちができる3つのこと
ジビエ振興に取り組んでいる団体、
日本ジビエ振興協会はこのように唱えています。
「農業・林業の鳥獣被害、山野の荒廃、営農意欲の低下など、
自然と人間の関係がアンバランスになったことで
表面化している問題がたくさんあります。
ジビエは、それらの問題を解決する“入り口”になるはず。」
では、自然と人間の共生する社会を目指すために
私たちに出来ることは何でしょうか?
1:ジビエの正しい知識を身につけ、ルールを守ること
近年ではジビエの狩猟のルールを守らないことで、駆除した動物たちの命を無駄にしてしまったり、
狩りをした後の処理を正しく行わないことで、
消費者にジビエは美味しくないものだと
誤解を与えてしまったりするケースが多発しているようです。
サスティナブル、つまり無駄をなくし、
全てを循環させて生かしていくには、
最低限の知識を身につけルールを順守することは必要です。
今ではジビエのことをわかりやすく伝える
Webメディアがありますので、活用するといいかもしれません。
◆ジビエト
https://gibierto.jp/
◆ジビエ研究委員会
http://xn--ick5a3e.net/
◆Nozomi’s狩チャンネル
https://www.youtube.com/c/nozomikarichan
2:自然に触れる機会をつくること
森に足を踏み入れ、人の気配を感じさせることだけでも
獣害の抑止効果となります。
実際に、自然環境を利用した幼児教育をしている
「森のようちえん」が農山村でフィールドワークをしたり、
獣害対策として里山のふもとに畑を設けたりする活動があります。
これらは、狩猟免許を持っていなくても誰もが参加できます。
3:地域のジビエ振興を応援すること
地域を悩ます厄介者のジビエを食資源にして、
地域おこしをしようという取り組みが
全国各地で活発になってきています。
地域おこしのイベントでは、イノシシ鍋の郷土料理や
シカ肉バーガーの創作料理などが見受けられます。
私が住む街では、大手カレーチェーン店が
シカ肉カレーを提供するという事例もあります。
食べて応援することが、
ジビエブームを一時で終わらせることなく
食文化として根付かせることに繋がるかもしれません。
普段口にしている食べ物とジビエは何ら違いありません。
狩猟・捕獲の段階から消費者のもとに届けられるまで、
様々な人の手が関わっています。
これからジビエを食す際には
ぜひジビエの背景にあるストーリーまで感じながら
味わっていただきたいです。
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