オーガニックな生活を求めるほど不健康になっていく落とし穴にはまらないために。ブータンや自然農から学ぶ、自然体でオーガニックと向き合う方法
オーガニックな生活を求めるほど不健康になっていく落とし穴にはまらないために。ブータンや自然農から学ぶ、自然体でオーガニックと向き合う方法
オーガニックという言葉を聞いて、IN YOU読者の皆さまが真っ先にイメージされるものはなんでしょうか?
オーガニックの食材をイメージされる方、菜食をイメージされる方、畑や里山のような自然の風景が思い浮かぶ方、同じオーガニックという言葉を聞いても、思い浮かぶものは人それぞれですよね。
オーガニックから連想されるイメージが一人ひとり異なるように、オーガニックとの向き合い方も人それぞれです。
読者の皆さまの中には、自分なりのオーガニックなライフスタイルを確立されていらっしゃる方も多いと思います。
ただ、その一方で、オーガニックな暮らしを始めたけれど続かない、どうすればいいのか分からない、そんな方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
「すべての人にオーガニックな暮らしを」という理念を掲げるIN YOUジャーナルは、オーガニックな生活を求める方に、より質の高い情報を提供することはもちろんですが、オーガニックに悩んでいる方に寄り添うことも大切なのではないかと、私は一人のライターに過ぎませんがそんなことを思っています。
今回は、「一人ひとりがオーガニックな生活を続けていくために、どんな発想ややり方で向き合えばいいんだろう?」
そんなことをお伝えしていきます。
これからオーガニックな生活を始めようとしている方はもちろんですが、自分なりのオーガニックなライフスタイルを確立されている方も、
そもそもオーガニックってなんだっけ?
どうしてオーガニックな生活を始めたんだっけ?
この記事が、皆さまお一人お1人りがオーガニックの原点に立ち返るお手伝いになりましたら幸いです。
オーガニックな暮らしをしているのに不健康。完璧を求める人が陥りやすいスパイラル
健康を求めてオーガニックな暮らしをしているのに、なぜか心も体も病んでいってしまう。
オーガニックな暮らしをする人が陥りやすい状態のひとつに、こんなものが挙げられます。
例えば、普段ものすごく繊細に気を遣いながら、極力、体に悪い食べ物を口にしない生活をしているのに、ストレスでついつい添加物たっぷりのお菓子を食べてしまった。
そして、体に悪い食べ物を口にしてしまったことを、何日も引きずって落ち込んでしまう。
ご自身や家族の病気をきっかけにして、オーガニックな食生活を始める方もたくさんいらっしゃいます。
そういう状況の中で、強い不安を抱えてしまうことも、引きずってしまうことも、おかしいことではありません。
心の強さも、体の強さも、人それぞれ違います。
全ての人が、悲しいことや苦しいことを笑い飛ばして生きていけるわけでもありません。
私自身、不安が強く落ち込みやすいタイプの人間です。
この世界では、明るいことやポジティブなことは疑問もなく良いことだと受け止められ、暗いものやネガティブなものはすぐに病気にされてしまいます。
私はそのことに生きづらさを感じてきましたし、疑問を抱き続けています。
なにが正しいかなんて誰にも分からないのに、どうして暗いものやネガティブなものはおかしいことにされてしまうのだろうか?
夢を持とう、希望を持とう、元気になろう、明るくなろう、そんな言葉が溢れる世界で窒息してしまいそうになることもあります。
こんなことを書いているのは、そのようなことを感じている方が、私以外にも少なからずいらっしゃるのではないか?と思うからです。
そして私の経験上、そのような方はオーガニックな暮らしに上手く馴染めなかったり、続かなくて挫折してしまう場合も多いのではないでしょうか?
そういう人を自己責任と切り捨ててしまうのはとても簡単ですが、それでは「すべての人にオーガニックな暮らしを」は実現しないですよね。
どんな思いを持っているにせよ、オーガニックな暮らしを求めるということは、健康でありたいという思いが心のどこかにあるのだと思います。
オーガニックがどんな思いを持った人も置き去りにしないために、私たちはどんな視点を持って生活してゆけばいいでしょうか?
ちょっと変わったビーガンシェフとの出会い。オーガニックや健康の価値観が揺らいだ出来事
数年前、ちょっと変わったビーガンシェフの方に出会いました。
その方は、ビーガンシェフとしてビーガン料理を作っているけど、ご自身はビーガンではありませんでした。
なぜご自身はビーガンではないのにビーガン料理を作っているのか。
その理由が気になりますよね。
宗教、人種、国籍、アレルギーで食べられない。
そういったものを超えて、より多くの人が一緒に食卓を囲むことができる可能性があるのがビーガンなのではないか?
その方がビーガンシェフに辿りついた理由でした。
そのときに、お話ししてくれたことがあります。
以前、病院のような施設に勤務して、患者さんに提供する料理を作っていたときのお話です。
施設には癌などの重い病気を抱えている方もいらっしゃり、患者さんの性格や考え方も様々だったようです。
体に悪い食べ物を食べてしまったことを後悔して引きずってしまう、あれも食べてはダメ、これも食べてはダメと必要以上に自分の心を追い詰めてしまう。
そのように、極度に神経質になってしまう方もいらっしゃったそうです。
その一方で、体に悪い食べ物を食べたりしつつも、そのことを気にすることもなく神経質にならずに過ごしていた方。
病気が回復して元気になっていくのは、後者のような患者さんが多かった。
前者のような患者さんは、残念ながら亡くなってしまう方も多かったそうです。
もちろん一概に何かを断定することはできませんが、そのような単なるデータではない肌感覚の実体験が、食や生きることを改めて考えるきっかけになったそうです。
オーガニックの食べ物さえ食べていれば健康になれるのだろうか?
それはちょっと違う気がしてしまいますよね。
オーガニックの知名度が広がり浸透していく一方で、イメージばかりが独り歩きしてしまっている現実もあります。
オーガニックを食べていれば健康。
お金持ちのためのもの。
なんか近寄りがたい。
私自身がこれに近い感覚を持っていたときもありますし、今まで出会った人たちもそういう方は多かったです。
オーガニックな暮らしを始めようと思ったときに、とりあえず何でもいいからオーガニックを買ってみるというのも決して悪いことではありません。
ただ、そもそもオーガニックってなんだっけ?
このような視点が抜けてしまうと、大切なことを見失ってしまいますし、迷路に入り込みます。
長年、オーガニックな生活をされている方にも、そのような迷路に入り込んでいる方がいらっしゃるかもしれません。
昔はみんなオーガニックだった。人々の生活を離れ高級品になってしまったオーガニック
オーガニックの一般的な意味としては、化学肥料や農薬を使用せず、植物・生物由来の有機肥料を使用して作物を育てること。
そのように栽培された食物や、それを原料として作られた製品などのことを指すと思います。
もちろんそれは紛れもない事実なのですが、私はオーガニックを本来の、古代からの、当たり前の、というような意味で捉えています。
なぜオーガニックは一部の人の高級品のような存在になってしまったのでしょうか?
元々、オーガニックは高級なものでも、一部の人にしか手が届かなかったわけでもありません。
化学肥料が大量に使用されだしたのも、食料生産が工業化されて大量生産されるようになったのも、ここ数百年のこと。
それ以前は、逆にすべてがオーガニックでした。
純粋に自然の営みの中で作物を育てていたので、オーガニックというよりも自然・自然農と表現した方がいいのかもしれません。
オーガニックですらない、もっと本来の自然に近い形だったということになります。
歴史を考えてみると、世界中のすべての人が自然・オーガニックを食べている当たり前の状態が圧倒的に長い時間を占めていて、それがたった数百年で完全に壊れてしまったのが現在です。
あっという間に、大量生産された食材が流通するようになり、当たり前に生活の中にあったオーガニックが高級品のような存在になってしまいました。
そのように考えてみると、オーガニックのイメージや捉え方が少し変わってくるのではないでしょうか?
私が出会った人の中にも「オーガニックはお金持ちが食べるもの」という人がいましたし、現状を考えれば、それは残念ながら間違っているとは言えません。
ただ、オーガニックが昔からそういう存在だったというのは間違いで、本来、誰もが当たり前にオーガニックな暮らしができなければおかしいのではないでしょうか?
私自身が、オーガニックにつきまとう高級感や綺麗で華やかなイメージに、なかなか馴染むことができずにいます。
そして、そのようなイメージのせいで、オーガニックと距離を置いてしまう人が多いということも実感しています。
オーガニックは近寄りがたいものや華やかなものではなく、生活に根差したもの
私は自分で本格的に農業をした経験はありませんが、何人かの自然農や有機農家の方のお手伝いをさせていただきました。
そのときに感じたのは、オーガニックは生活であるということです。
私がニュージーランドに滞在していたときに、日本人のオーガニックワイン農家さんのブドウ畑でお手伝いをさせていただきました。
そのワインは1本3000円以上の値段がします。
東京のレストランなどで飲むと、グラス一杯で1500~2000円ほどするそうです。
この話だけだと、結局オーガニックなんてお金持ちがお金持ちのために作るものだと思ってしまうでしょう。
その方の生活は、華やかさや派手さとは程遠いところにありました。
毎日、早起きして畑に行き、汗水流して、ブドウに話しかけるようにたっぷりの愛情を込めながら、子どものようにブドウを育てる。
大きな家に住むわけでもなく、外食をするわけでもなく、電気などのエネルギーの使用を最小限に抑えながら生活する。
生活の中にたくさんの愛情と優しさが溢れている。
派手ではない生活の中にかけがえのない喜びを感じている。
数週間の生活を共にさせていただく中で、そんなことを感じました。
現在でも、年に1回だけそのワインを購入しています。
たしかに市場に流通しているオーガニック製品は高価ですし、私自身、こんなの高くて買えないよと思ってしまいます。
ビジネスやお金儲けのためだけのオーガニックも存在していると思います。
でも、全てではないかもしれないけれど、生産する農家の方に思いを馳せてみれば、そこにあるのは華やかで近寄りがたいオーガニックではなくて、泥臭くて生活に根差した自然の営みとしてのオーガニックがあります。
そんな風に考えてみるだけで、自分の暮らしとオーガニックとの向き合い方が少し変わってこないでしょうか?
私は、最終日の作業後に汗だくで汚い作業着のまま、ブドウ畑で飲ませていただいたワインの美味しさが今でも忘れられません。
「生命力のあるものを作りたい」オーガニックな暮らしに向き合うときに大切にしたい視点
オーガニックな暮らしをされている方の中には、サプリメントなどで栄養を補っている方も多いのではないでしょうか。
私も心と体を壊したのをきっかけに、現在もビタミンやミネラルのサプリメントを毎日飲んでいます。
品種改良などで甘いお米やトマトなどが簡単に作れるようになる一方で、食物に含まれる栄養素は昔に比べて減少しています。
栽培植物に含まれるタンパク質、カルシウム、鉄、ビタミンCなどの含有量が、2004年の段階で1950年の1/3まで減少していることが調査で明らかになっています。
ミツバチがつくる花粉団子に含まれるタンパク質さえも、1/3に減少しているそうです。
気候変動や品種改良など、なぜそんなことが起きているのか?ということを考えるのはもちろん大切ですが、このような状況の中で、足りない栄養素をサプリメントなどで補うのは不自然なことではない気がします。
これから増々、科学技術によってサプリメントの性能や効果は上がっていくでしょう。
ほとんど食べ物を摂らなくても、サプリメントだけで生きるために必要な栄養を摂取できる時代がくるかもしれません。
そのようなことが現実になったとき、皆さまはどうされるでしょうか?
もし、そのサプリメントがオーガニック素材で作られているのなら、サプリメントだけ飲んで生活していてもオーガニックな暮らしと呼ぶのかもしれない。
そんなときに思い出したいのが「命」という視点です。
ある自然農家さんの方に言われた言葉があります。
僕は生命力のあるものを作りたい、生命力のあるものを食べたい
たしかに数値化された栄養素も大切かもしれません。
しかし、科学が登場する以前から人間は命を食べて生きてきました。
私たちが命ある生物である限り、目に見える数字よりも大切なものがあるのではないでしょうか?
オーガニックな暮らしの中で迷いが生じたときには、命という視点に立ち返ると何処へ向かえばいいのか見えてくるかもしれません。
そして、それは自分の健康に留まらない、生態系の中でのオーガニックになるはずです。
参考:デイビッド・ウォレス・ウェルズ(2020)『地球に住めなくなる日』NHK出版
完璧を求めてオーガニックな生活で挫折してしまう方へ。ブータンから学ぶ、完璧ではない適当な姿勢
※祈祷旗
冒頭でお話ししましたように、オーガニックな暮らしを挫折してしまう原因のひとつとして、完璧を求めすぎてしまうことが挙げられます。
そんなときに参考にしたいのが、ブータンに暮らす人々の大らかで適当な姿勢です。
ブータンはチベット仏教の国です。
人々の生活の中に、自然な形で仏教が根差しています。
ブータンに行って一番驚いたこと。それは人々が死を恐れていないことです。
ある日、ガードレールのない道をバスで走っていると、土砂崩れが発生しました。
もし、数十分時間がずれていたら、私が乗っていたバスが土砂崩れに巻き込まれ、もしかしたら命を落としていたかもしれないという状況でした。
バスに乗っていた私を含めた日本人は恐怖に怯えてしまったわけですが、運転手とガイドさんは笑っていたんですよね。
仏教の根本的な思想には「今この瞬間を生きる」というものがあります。
多くの現代人は、過去への後悔や未来への不安に支配されながら生きています。
私もそんな一人です。
でもどうしたって、私たちは今以外の時間を生きることはできません。
死をタブーにして生活から遠ざける日本では、人々は心のどこかで死の恐怖に怯えています。
死が身近にありタブーにしないブータンの人々は、死に怯えていません。
病気などによる死への恐怖をきっかけにして、オーガニックな暮らしを始める方もいらっしゃると思います。
それはとても大切なことですが、不安を埋めるための行為がオーガニックへの投資となってしまうと、それは幸せや健康というものから遠ざかってしまいます。
不安を埋めるためにオーガニックを買うのではなく、自然という命の営みの中でオーガニックを選択する。
そのようなマインドが大切なのではないかと思います。
※マニ車
ブータンには数十年前まで、殺人という概念がありませんでした。
もちろん歴史を遡れば戦争などがありますが、人々が生活の中で殺人事件を心配するようなことはなかったのです。
ブータンにテレビやインターネットが入ってきたのは1999年のこと。
どこの国でも同じですが、テクノロジーの発展と共に様々な問題が生まれてきました。
ブータンでは数十年前には存在しなかったような、殺人、ドラッグ、盗難、ギャング、売春、これらが現在ではすべて存在します。
私が買い物をした店には防犯カメラがついており、店の子どもが私が盗みをしないように目を光らせながら私が移動するたびに後ろをついてきました。
それでも村に行けば、民族衣装に身を包んで、優しい笑顔でありのままの人々を受け入れる姿も残っています。
ブータンには祈祷旗やマニ車というものがあります。
至る所にカラフルな旗がなびいています。
寺院には必ずマニ車があり、写真のような小型のマニ車も存在します。
祈祷旗は風で旗が揺れればお祈りをしたのと同じことになる、マニ車は回すだけでお経を読んだことになる(得を積んだことになる)という便利なものでもあります。
これは仏教を馬鹿にしているというわけでは決してなく、生活の中に仏教が自然に根付いている証でもあり、ブータン人の大らかさの象徴でもあると考えられます。
ついつい完璧を求めてしまう私たちですが、このような大らかさや良い意味での適当さを暮らしの中に取り入れられたらいいですよね。
ブータンの人々の生活の中に自然に仏教が存在しているように、自然な感覚で暮らしにオーガニックを取り入れることはできないでしょうか?
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まずはひとつから始める心と体の健康。暮らしの中に無理せずオーガニックを取り入れよう
完璧なオーガニックを目指すと息切れして、長続きしない。
私がおすすめするのは、自分が一番好きなものをオーガニックに変えるというものです。
可能ならすべてをオーガニックにしたいけど、金銭的に余裕がない。
私の友達は一番大好きなチョコレートだけは、高くても必ずオーガニック・フェアトレードのものを買うと決めて実践しています。
自分の好きなものなので飽きることがありませんし、買うことが自分へのご褒美になります。
私自身は、コーヒーはオーガニックのものを選ぶようにしています。
もうひとつは、迷ったらまずは調味料をすべてオーガニックに変えてみるという方法です。
これは私の恩師が教えてくれた方法です。
調味料は、どうしても脇役のような存在になってしまい、優先順位を後にしてしまいがちですが、毎食の食事で必ず摂取するものが調味料です。
一度買ってしまえば、しばらく買い替える必要もありません。
私たち日本人は昔から醤油や味噌などの発酵調味料と共に暮らしを営んできました。
調味料をオーガニックに変えるというのは小さなことかもしれませんが、私たちの食や生活の根本を見つめなおすことになるのではないでしょうか。
どうしても大きな方向に目がいってしまいますが、足元を見つめてみることが心と体の豊かなオーガニックライフへの一歩ではないでしょうか。
★国産の大豆と小麦を使ったもろみ醤油&有機JAS認定のもろみ醤油
まだ誰も歩いたことのない世界を歩いていく私たち。世界の中での私とオーガニック
私たちはまだ誰も経験したことのない、深刻な気候危機の時代を生きていく最初の世代です。
そして、最後の世代になるかもしれないというほど事態は深刻です。
このままいけば、今世紀末までに日本を含むアジアの大部分が居住不可能になるという予測も、SFの世界の話ではありません。
そのような世界でどうしようもない不安に襲われるのは仕方のないことです。
私が深刻な気候変動もことを知ったのは6年ほど前ですが、未だに現実を受け入れようとすると恐ろしすぎて、どうしようもない気持ちになります。
仮に私が100%オーガニックな生活をしたとしても、問題が解決するわけではありません。
そこには、見えない場所で犠牲になる命があります。
完璧にオーガニックな生活をしたとしても、車に乗れば排気ガスが排出される、スマホを使えばレアメタルを巡って争いが起きる、工場を作るために森が破壊される。
どれだけ完璧を求めたとしても、世界中の誰一人として破壊に加担せずに生きられる人はいません。
1人が100%オーガニックな暮らしをするよりも、100人が10%のオーガニックな暮らしをするほうが、世界は変わるのではないでしょうか?
個人で完璧なオーガニックを求めるのではなく「すべての人にオーガニックな暮らしを。」に少しでも近づけるように、オーガニックの輪を広げていきたいですよね。
参考:デイビッド・ウォレス・ウェルズ(2020)『地球に住めなくなる日』NHK出版
オーガニック食品やコスメをお得に買えるオーガニックストアIN YOU Market
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